Chapter.3 - 2

 テレビは消え、誰も立たない台所がしんとしている。ただし、たばこの残り香だけはある。


 ひどい夢だ。においつきの夢なんてはじめて見た。


 起きあがり、ジーンズのポケットからたばこを出して火をつけ、やれやれと首を回しながら二階へあがる。たばこをくわえたまま自室の段ボールを開け、ビールの空き缶を灰皿にして、覚悟を決めて、いるものといらないものに分けていく作業にとりかかることにした。高校受験のための参考書に落書きだらけの教科書は不要だ。ブルーハーツのカセットテープに数巻のドラゴンボールも、不要とした。テープはもう聴けないし、聴きたくなったらネットからダウンロードすればいい。ドラゴンボールは岩本が全巻持っているので、読みたくなったら借りればいいし、マンガ喫茶もある。


 アルバムは二冊残っている。昨夜眺めたもののほかに、箱から出てきたアルバムには、赤ん坊のころの自分が映っていた。几帳面な母がコメントをつけて、整理したアルバムで、それは一冊まるごと持っていくことにする。もう一冊のほうは、気に入った写真だけ残すことにした。札幌のテレビ塔をバックにうつる、家族旅行の写真を抜き取り、修学旅行の写真も抜き取ると、手元に残ったのは八枚の写真だけになる。


 がらんどうな八畳の洋室へ行き、すみにおいやられているふた箱の段ボールを開けてみた。結婚式の引き出物なんかでもらった、使用していない真新しいタオルがはいっている。たぶん、義姉が整えたのだろう。次の住人が捨てるか使うか決めればいいということなのだ。


 「捨てる?」とマジックで書かれた、もうひとつの段ボールに笑みがわいた。なんでハテナマークつきなのだろうと苦笑しつつ開けてみると、母の洋服が収まっていた。


 十年以上も前の洋服なのに、どれもが新品同様で、値札までついていて、ビニール袋にはいった物ばかりだった。「よそいき」として買ってはみたものの、田舎で着ていく場所がなかったのか、一度も腕を通さないまま仕舞われていたのだろう。


 なるほど、これはハテナだ。捨ててしまうのはもったいないけれど、死んでしまった人の洋服をあげるのも気が引けるし、兄も義姉も迷ってハテナになってしまったのだ。


 黒い花柄のスカートに紺色のセーターや黄色のカーディガンをつかんで、奥まで腕を伸ばしてみた。なにやら固いものに指先があたったので、箱の底だと思った。けれどもそれは三冊のノートで、家計簿かなにかだろうとと引っ張り出して驚いた。表紙には太いマジックで、「アザラシジョーのぼうけん 有名マンガ家 小森孝美作 ねだん 100万円」とある。


 入院していた母のために描いた、冒険もののマンガだった。ひどい絵だ。アザラシから生まれた勇者ってなんだよと突っ込む。ジョーって外人かよ、百万もするか。たぶん兄も義姉も見たに違いない。そうとうにやばい、ハテナとかではなくて、捨ててくれよ。


 笑ってしまった。アザラシから生まれた勇者は、なぜかアザラシの国を救うために、クジラに乗って、クジラの国の王女と戦いに挑む。その挑んでいる敵は不明のまま、国をあげての結婚式で終わっている。コマはページ一枚にせいぜいふたコマで、顔のアップばかりだ。どこでどう戦っているのかは、ナレーションで説明しているので、文字だらけ。


 けれども、三冊めの最後には「つづく」とあった。これで終わりではないらしい。その先のストーリーがいっこうに思い出せない。持っていく理由もないので、三冊のノートはハテナチームから引き離し、いらないものの仲間に加えた。


 バッグを整理してから居間に戻り、食パンをかじってまた眠る。においつきの夢はもう現れず、目を覚ましたときには、窓から街灯が射し込んでいて、部屋が淡い闇に包まれていた。


 稚内行きのフェリーは午前九時に出る。たばこを吸い、またパンをかじり、することがなにもないと本当に暇なんだなとため息をつく。ケータイで大友にメールを打ったけれど、まだバカンス中なのか返事はない。