五箱の段ボールに囲まれて、毛布にくるまりながら目覚めると、窓から黄金色の朝日が射し込んでいた。ねぼけながら階段をおり、顔を洗って歯を磨く。たばこを一本吸って、荷物の整理をしなければと思いながらも再び眠気に襲われてしまい、居間のソファに横たわった。
琥珀色の光が、瞼の裏に透ける。浅い眠りの心地よさに身をまかせて、うとうととまどろんでいるときだった。孝美、と誰かが僕の名前を呼ぶ声が聞こえたのだ。それは、消え入りそうなほどの女の声だったので、気のせいだと寝返りを打つ。けれども、また同じ声が遠くから聞こえる。
孝美、宿題やったのかい?
寝ぼけていたので、宿題なんかねーよと心の中で悪態をつき、さして気にもとめずに寝返りを打とうとした。すると、鉛のように重くなった身体が動かない。
これってなんだったっけなあ。たしか脳だけが起きていて、身体が眠ってる状態の、疲れてるときになる金縛りだなあ。徹夜明けによくなるんだよなあ。
ぼやぼやと考えながら、むずがゆい居心地の悪さをむりやり取り払おうとして、うっすらと瞼を開けた。濃霧みたいな気配の向こうから、煮つまったみそのにおいが漂ってくる。とんとんとまな板をたたく包丁の音も聞こえて、瞳を動かして台所を見れば、背を丸めた女が立っていた。ベージュ色のシャツを着た背中で、水色のエプロンの紐をしばっていて、中途半端な長さの朱色のスカートから、大根みたいな足を出し、紺色のスリッパを履いている。透明感のある水彩画のアニメのようなその姿が、包丁の音を奏でるたびに、煙みたいにゆらりと揺れた。
早く宿題やんなさい。
背を向けたまま女がいった。ぼくはすっかり寝ぼけていたのだ。わかってるよ、わかってるけど、もう宿題なんかねーんですと、動かない口で寝言を囁く。
夏休みだからって、怠けるんじゃないと女がまたいった。同時に玄関のドアの開く音がして、まさかミカコさんだろうかとぼくは思う。瞼を閉じたものの、ミカコさんの気配はなく、代わりに苦いたばこの香りがふうと鼻先をくすぐった。
ほら、もう、昼御飯じゃないの。父さん帰って来たからおきなさい。
女の声が聞こえる。身体がひどく怠くて、霞のかかった思考もはっきりせず、おれは眠いんだよと動かない口をゆがませたあとに、瞼を開けてみた。ないはずのテレビがすみに置かれてあって、いいとも! と画面から声が流れる。目の前に、郵便局の緑色の制服を着た父の背中があって、くゆらせているたばこの煙がテレビの画面を横切っていた。父のたばこはタールの強いエコーだ。テーブルを見れば、小さなオレンジ色の紙包装がある。
テーブルに運ばれていくほかほかのご飯。湯気のたつみそ汁に漬物。焼いたホッケに卵焼きとイカの煮付け。食欲をそそる香りが、ほっこりと家を包んでいく。
誰かが階段をおりてくる足音が響く。紺色のジャージを着た少年の顔には覚えがある。大きなあくびをしながら瞼をこすって、父の横であぐらをかくと、ソファで眠るぼくの足をぺしりと叩いた。
宿題見てやんねーぞ、起きろよ、という。
忙しなく動き回る母は、きつきつのパーマをかけたばかりで大仏のようで、変な髪型だった。ぼくはにやける。こいつ笑ってると兄がいう。父は無言で箸を動かす。
早く起きなさい。あんた、まだ宿題いっぱい残ってるんでしょう。みんな、楽しみにしてるんだからと母がいった。
楽しみにしてるって、それは変だろう。なんで宿題を終わらせるのが楽しいんだよ。しょーがねーなあと目を閉じて首を回すと、動いた。あ、と思って、飛び起きたとたんに、全部が一瞬のうちに消えた。
