Chapter.2 - 3

 ひと知れずぼくもマンガを描きはじめたころ、男に嫌気をさした母親が、喜代子を連れて都会へ戻ることになる。


 喜代子が学校を去る日の放課後、初雪が降った。喜代子はミチとヤッチに、ていねいに色紙に描いた似顔絵とサインを渡した。こんなにハンサムじゃねーべとヤッチは照れたように苦笑していて、ミチは泣かないように顔をしかめていたと思う。喜代子に会うことはもうないだろうと、こどもながらにみんな予感していたのかもしれない。


 ぼくには、ディズニーの絵がプリントされた、小さなクッキーの缶をくれた。なぜぼくだけクッキーなのかわからなかったが、校門で待つ母親のもとへ走っていく、ピンク色のスキーウエア姿の喜代子に、手を振る。


 喜代子も手を振る。しんしんと降る雪の中に、突然やって来た転校生は姿を消した。


 家に帰ってから缶を開けると、中には小さく切られた真四角の紙が、本物のパズルのようにたくさん入っていた。にくいことするじゃないかよと、ぼくはちょっと笑う。


 暗号解読のはじまりだ。


 一枚一枚、机の上に並べていく。できあがるまで、ヤッチやミチと同じように、似顔絵とサインが描いてあるものと思い込んでいた。けれども、一枚に繋って、現れた絵は違った。


 そこには、たどたどしい巨大ロボットが描かれてあった。ガンダムを真似て描いたのだろう。青空をバックに、巨大ロボットはそびえ立ち、肩には、少し大人びたスーツ姿のヤッチと思われる人物が坐り、手のひらには、髪に星のヘアピンをつけたミチが坐って、笑っていた。


 ぼくは、まるで、そのロボットを創ったのは自分だといわんばかりに、なぜか白衣を着ていて、真ん中で腕を組み、眼鏡をかけて博士みたいな風貌で微笑んでいた。そこに喜代子はいない。代わりに、すみっこに小さく、ヤマモトキヨコとサインがはいっていた。


 なんだよ、とぼくはつぶやいた。なぜか、涙があふれて、その哀しみは、夢は夢で終わるとわかっているからなのか、それとも、その絵の中に喜代子がいなかったからなのか、わけもわからずにずいぶんと泣いた記憶がある。


 母が死んで、島の中学を卒業してから稚内の高校に入学し、役所に就職した兄と暮らしはじめたときに、当時付き合っていた女の子が、面白いよと少女マンガ雑誌の読み切りを見せてくれた。事故で記憶をなくした男の子と、病院で会う女の子の話で、せつなくていいマンガで、描いたのは大型新人の女子高生、山本キヨコと表紙に印刷されてあった。


 それから東京の大学に受かって、小森孝美と本名でぼくがデビューを果たしたころ、山本喜代子はすでに四冊の単行本を出版していて、連載を持つ売れっ子になっていた。札幌に住んでいると編集者に聞いて、会いたいと思った。けれども、会うこともなく旅行中の事故で、喜代子は死んでしまったのだった。三年前のことだ。だからぼくの中では、喜代子は小学三年生で止まっている。ほんの短い時間を、一緒に過ごした友人のままで。