北海道の北端部に位置する稚内まで、東京から直行便の飛行機に乗り、昨夜は兄の家に泊まった。おまえはちゃんと生活しているのかと、夕御飯どきに訊かれてあいまいにうなずいたものの、ニートみたいな自分のライフスタイルを、用意された寝室で冷静に思い返してしまい、結局朝まで眠れなかった。なにしろ、おおげさにいえば、ぼくはいまホームレスなのだ。
半年前に同棲相手のマリが、とつぜんアフリカへ行くといってぼくを追い出した。大学時代に出会ったマリは、線の細い、頼りなげな女の子だったのに、いつのまにかサバンナを駆けめぐるライオンのような強さを身につけていた。だめな男といると強くならざるを得ないといったのは、大友だったか、岩本だったか。とにかく、ぼくと一緒に暮らしはじめてから、カメラマン志望のマリはみるみる勇猛になっていき、なにやら有名なカメラマンの助手におさまってからというもの、仕事のほかに個展を催し、どんどんのぼりつめていって、独立するまえにアフリカへ行くと部屋の物を整理しはじめ、ぼくの原稿を踏みつけるまでに成長していた。捨てぜりふはいまでもはっきりと鼓膜にこびりついている。
「孝美のマンガ、だるい」
家賃十五万円をひとりで支払える器量が、売れないマンガ家のぼくにあるはずもなく、外資系企業でばりばりと働く大友のマンションに転がりこみ、なんとか生きてこられてはいるものの、へこむ。あきらかにぼくは下流生活者の傾向にある。落ち込みながらもマンガを描き、有名なマンガ家のアシスタントにかりだされつつ、日銭を稼いで暮らしているのだ。
ぼくの実家は日本最北端の離島にある。母は中学生のときに他界し、四年前には父も病気で死んだ。以来、七歳年上の兄が、墓参りをかねて年に数回、島を訪れて家の面倒をみてくれていたのだが、売ってはどうかと昨年兄から連絡があった。
都会の生活に飽きたひとたちが旅行で訪れたのちに、田舎特有の澄んだ空気や、山に生えている高山植物などを気に入って、厳しい気候を覚悟のうえで住みつくことがまれにあることは知っていたので、誰も住むことなく放置しておくのももったいないし、それならば安く売ってしまったほうがいいのではないかと相談され、ぼくも賛成した。それから兄の知人が仲介してくれて、三ヶ月ほど前の夜に、買い手がついたと電話で告げられたのだ。
たいていの物は兄夫婦がすでに整理してくれたらしかったが、ぼくの物だけが手つかずで残されており、捨ててもいいのかと訊かれ、別に捨てられて困る物があるわけでもないのに、なんとなく、他人の手に渡る前に、最後に実家で過ごしてみたくなって、自分で整理するよととっさに答えてしまったのだが、あまりのおう吐感に耐えられず、いまは後悔している。たった数箱の段ボールの中身を整理するためだけに旅費を工面して、なんでここまで来てしまったのだろう。来てしまったのだから、いまさら自分に文句をいってもしかたがないのだが。
いまごろ大友は友人どもと南国でバカンスで、元彼女はサバンナの夕日に目を細めているに違いない。そしてぼくはといえば、そんな一連のいきさつがあって、缶コーヒー恐怖症という新種の病に冒されつつ、誰も住まない実家へ向かっているのだった。
