『これまでも、この瞬間も、おそらくはこの先も。私は誰の味方でもありません』
もう答えの返ることのない友への問いかけに、代わるように浮かび上がった『裁定者』の返答は、一見にはこれまでの会話の流れからは逸脱したもののように思えた。
『あなたの国の味方でもありません。残念ながらあなたの味方でもない。私は完全なる第三者。傍観者。だからこそ、裁定者なのです』
『ならばその目的は? なぜ手を貸そうとする?』
『あなたに正義があるからです、新藤一尉』
実際に言葉を交わすよりも速いのではないか。そう思わせるほどの速さで返された一文に、新藤は『正義』という言葉を見た。
絶句に相当するように、返す言葉を打ち込もうとしていた指が止まった。キーボードの上で、かすかに震えている指先を抑え付けることもできず、一瞬にして首周りと掌にじっとりと浮んだ冷たい汗の存在をただ感じた新藤は、なにもできずに『裁定者』の言葉を待った。
『吉岡三佐の死、その真相。この一連の出来事に関しては、あなたの思いには絶対の正義がある。そのあるべき正義が、公権力という悪によって押し込められようとしている。『裁定者』として、それを見過ごすわけにはいかないのです』
自分が正義であるはずがない。正義でありようはずもない。友を裏切り、友を売った自分が、絶対の正義でなどあるはずがない。友の死後、そう思い続けてきた新藤の身体に、『裁定者』の言葉は、まるでそれ自体が許しであるかのように包み込む。
間違っていない。そう言ってくれる人間が一人でもいること。それがどんなに心強いことなのか、新藤はこの時、改めて思い知った。同時に浮んだ、かつて互いに互いを正面から認め合うことのできた友を思って、復讐という確かな私怨を纏っている今の自分に行き当たった時、『裁定者』が用意を進めた、そのための機会を手にしようとして躊躇し、相手への疑心に捉われた我が身がひどく矮小に見えた。
正義でなど、なくていい。そんな必要はない。ただ自らが正しいと思える何かを為すために。自嘲と共にこれまで幾度となく言い聞かせてきた言葉を浮かべた新藤は、そんな身を正義と認めた存在に感謝をし、それを最後に一切の迷いを消した。
『一尉。あなたの言葉に答えるならば、私の目的は、私が『裁定者』であるから。そうお答えする以外にありません』
『ならばこれは同盟だな、セティ』
目的を達するための、一時的な協力体制。『セティ』と名乗るネット上の『裁定者』との同盟を締結する意思を固めた新藤に、一時の間を置いて『セティ』は返信を入力して来た。
『ええ。これは同盟です、一尉殿』
画面の向こうで相手がほくそえむ、そんな顔が見えた気がして、新藤は椅子の背もたれに身体を預けて天を仰いだ。
ここからは引き返せない道。およそ光り輝く正義というものからは遠く離れた道。そんな言葉を思って見上げた窓から降る月光は、銀色を通り越し、青ざめた、だが真っ直ぐで、あまりに清らか過ぎる光を放っていた。
お前のようだな、吉岡。
思い浮んだ言葉を口にはせず、次いで浮んだ、おれはあの輝きにはなれないな、という言葉を音にはせず、再びの自嘲と共に消し去った新藤は、静かに続く『会話』を打ち込んでいった。
