1・6

 小隊長の川名とは違い、一班の班長に過ぎない身分には半月もかかる引継ぎ業務内容があるはずもなく、同じ時間をかけて整理する身の回りのものもなかった。有事即応が身上の急襲隊、その再編に合わせた事実上の即時退職だった。


 そういう場所に身を置いてきた。
 今日もまた同僚たちは、後任の班長を中心に過酷な訓練の中に身を置くだろうし、チームの連携を高めること以外に余念がないはずだ。そうでなければならない、と班を預かったものの視点で思うし、そうでなくてはいけない、と亮個人の視点で願うので、別段寂しさを感じることもなかった。
 

 だがそれでもその夜、いっこうに寝付けない自分がいたことも事実だった。


 だから、というわけでもないだろう。なぜそうしたのか。そうしようと思ったのか。その理由も答えも亮自身、求めることのできないまま、沸き起こった強烈な衝動が行動を起こさせた。
 

 明け方、浅い睡眠から目覚めた身体は、ほとんど無意識に自分の車に向かった。運転席に身体を押し込め、キーを回した亮の思考は、さらに沸点に近づいたようだった。熱に呆けた視界が昇り始めた朝日とぶつかり、余計に周囲を白んで見させた。一面白に見える光の中で、唯一冷たく静まり返った頭が描いたのは、衝動が目指す目的地への道筋だった。ほんの数秒でいくつか考えられた選択肢のうち、最短でたどり着けるルートを選んだ亮は、アクセルを踏み込むと車を東京の西へと伸びる大動脈、国道二十号線へと向けた。


 蜘蛛の巣さながらに絡み合い、空を覆い隠す首都高の真下を潜り抜け、そこから西へ伸びた中央自動車道の高架下からも外れて、荻窪あたりを過ぎる頃には、沿道の建物は軒並み背を低くする。等間隔に置かれたファミレスとコンビニの看板ばかりが目立ち、その間に奇妙な郷愁を漂わせる古びた建物が混ざり始めれば、そこはもう先進国日本の首都東京とはまったく異質の、『地方都市東京』とでも呼ぶべき都下の領域に入ってゆく。甲州街道とも呼ばれる大道の、そんな風景の移り変わりと、すっかり葉が落ち、乾き切ったようにも見える街路樹に目をやりながら、信号待ちで止まった車の中で亮は、わずかに身震いをしてエアコンとカーステレオに手を伸ばした。


 二月も半ばを過ぎ、気の早い天気予報では花粉症対策の話題が出始める時期だが、その気温は未だ真冬と呼んでも差し支えない。それは例年のことで、気温が低いことは当たり前といえばそれまでであったが、近年では例を見ないほど寒冷化した今年の気温は、暖冬に慣れた身には特に応えるものだった。まして早朝である。セーターにジーンズ、その上に羽織った厚手のダウンと、非番の常通り、ゆったりとした格好で寒さに対応したつもりの亮だったが、それでも突き刺さるような冷気は車外からでも亮の身を凍えさせた。


 すでに一時間近く車を走らせていたが、衝動が支配した頭はその寒さにさえ気が回っていなかったらしい。エアコンに手を伸ばしたのは、少し冷静さを取り戻し始めた頭が、たまらぬ寒さに遅まきながら反応したようだった。極寒以外のなにものでもない車内に人工の温風が音を立てて流れ始め、同時に操作したステレオからはポップスバンドの男性ボーカルが歌う、甘い声が響き始める。聞き馴染んだ歌を耳にし、温まった車内の温度が興奮した脳の活動を抑制し、亮はようやく自分が何をしようとしているのかを落ち着いて考えられる頭を取り戻すことができたようだった。
 

 墓参り。そう。自分はそのために今、甲州街道を西へ走っている。
 

 故郷へと続く道。東京都下、多摩地方西部。首都の名を冠すること自体、疑問に思えるほど豊富な山々と、森林、河川に囲まれた、風光明媚な故郷。その故郷に葬られている、ある人物の墓を訪ねる。そのために自分は車を走らせているのだ、と亮は自らの行動を他人事のように理解した。