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Masato Nakamura weblog

映画『南極料理人』

映画『南極料理人』公式サイト

今年の映画じゃないから、今年の映画としてはやっぱり『告白』がいいと思うけども、でもこの映画の面白さはなんだかんだいって讃えたいと思うわけなので、久しぶりにブログにでも書いちゃおっかな!いえい!

[ 映画『南極料理人』公式サイト ]

おんもしろかったんだよー。すごい、おんもしろかったんだよー。

南極の基地で、1年。まるで部活のように、男たちが暮らす。南極に何か思いがあるわけでもなく、ただやりたい仕事が、ここでしかできないだけ。でも基地にいるメンバーの中には、ふっつーに遊びたい盛りの男の子もいるし、それをとがめるお父さんのような男もいる。そんな彼らに、おいしいごはんを提供するのが、その人のお仕事。

何が面白いというか、空気感なのか、やりとりなのか、ストーリーなのか、ひとつひとつのセリフなのか、あるいはそのすべてなのか、よく分からないのだけど、公式サイトにでもいって、予告編を見て、「お」と思った人は、何はともあれ見たらいいと思うんです。DVD。おもしろかったよー!

映画『告白』

映画『告白』公式サイト

今年の邦画では一番な気がします。面白かった。すごかった。

[ 映画『告白』 ]

あちこちで絶賛・議論されているところからも分かるとおり、この作品は、名作です。原作は未読ですし、今後も見ることはないと思いますが、これはもう映画化してありがとう、と思っていたりしないかなぁ、しませんかね。

教師がとつぜん打ち明けるわけです。この中に、私の娘を殺した犯人がいます。クラスメイト呆気にとられたあと、騒然。みんな誰が犯人だ誰が犯人だと騒ぎはじめます。

原作を未読の方は(ぼくもそうでしたが)、松たか子演じる教師の娘を、いったい誰が殺したのか。そこを追いかけるミステリーサスペンスなのではないかと、思うかもしれません。ですがそんな予想に反して、犯人は実は開始からそう間をおかずに明らかになります。

そしてこの物語は、明らかになってからが、本番です。

松たか子の鬼気迫る演技力にはとにかく脱帽です。こんなにも憎しみにあふれ、こんなにも冷徹で、けれどこんなにも愛をもった女子教師を演じられるのは、この人しかいませんね。それに対するは木村佳乃。こちらも強烈に演じきっています。

そして何と言っても映像がキレイ。少年少女たちの、ちょっとでも触れたら壊れそうな透明感に、そこに隠された純粋な狂気を、美しい映像、数々のスローモーションが彩ります。

命の授業、その言葉に偽りなし。

ぜひ、スクリーンで公開されているあいだにご覧ください。
なお、内容があまりにも重いため、デートムービーにはおすすめ致しません。でも、誰かと共有したくなると思うので、デートムービーしてもいいかもしれません。もしそうなさる場合、はりきって自分の思いをぶちまけましょう。「や、あんまりこれを誉めるのもどうかと自分でも思うんだけど、うん、これ、本当面白いね」

映画 96時間

96時間

はい、観賞しました。リュック・ベッソン製作?ああそう。言われりゃすごかったかも。

[ 96時間 ]

娘が誘拐されて、それを追っかけるパパの話。

こう書くとものすごい淡白と申しますか、別に面白そうでもなんでもないって感じですが、まずパパ、離婚してます。そしてパパ、娘を元妻にとられちゃってます。元妻はこれみよがしに恰幅のいい、金もある男と再婚してまして、何か、パパ意外の人は幸せそうです。パパは、ひとり寂しかったりして、でも娘だけが生きがいだったりするわけです。娘のために誕生日プレゼントを買ってあげるとことか、すごい娘ラブ感がある。

で、まあ、娘がね、異国の地に旅行にいって、そんでさらわれるわけなんです。パパはね、ちょうど電話をしていたの。娘と。着いたら電話しろって言ったろ?みたいな小言を言ってたの。そしたら、事態が急変、何やら受話器の向こうが騒がしい、悲鳴、壊れる音、パパのひたいに大粒の汗!

パパ、元CIA。すごうで。アホみたいに強い。セガール級。うそ。それは言い過ぎた。セガールは傷つかないからね。彼は傷つく。そういうわけなので、パパ、異国の地へ単身向かい、奴らを追っかける。倒す。ばきばきに殺しまくって、最後のひとりまで戦っちゃう。

娘がどうにかなって、パパが復讐鬼と化す物語は、まあ、ありがちといえばありがち。どこにでも転がってるネタではあります。最近もそういうの読みました。東野圭吾さんの「さまよう刃」とか、思いっきりそれ系ですよね。まあ、東野さんのやつは、もっと、少年犯罪の問題とかがどっかり腰をおろしてるので、一概に比較はできませんけど。

でも、日本だったらもっとドロドロやりそうなものを、ハリウッド人は頭の抜けたエンタメに仕上げるから面白いですよねー。だってあいつら、パパの心情とか別に掘り下げねえもん。爆発する理由があって、それに説得力があれば、もうそれでオッケーですよね。そこ掘り下げるのが日本映画っていうか、ノットエンタメですな。

娘がさらわれても文句言えないバカなんじゃないのか、という問題はさておき。パパのぶっちぎりの強さに驚き楽しみながらの観賞でした。キャッチが、「父の愛が、パリの街を暴走する」ですけど、まさに「暴走」。場合によっちゃあ誰でも撃つぜって感じ。すごい。

やりすぎ感はありますけど、面白かったです。お時間がある方はぜひ。

ディズニー映画 ボルト

ディズニー映画 ボルト

ようやく時間が出来てきたので、精力的に更新をがんばりたい所存です。こんばんわ。

てことで、まずは見てきた映画の紹介を精力的にがんばりたい所存です。こんばんわ。

[ ボルト ]

えー。思っていた以上に良い出来です、ということを精力的に伝えたい所存です。こんばんわ。なんて精力的ネタをいつまでも引きずっていると、当局からお叱りのお手紙でもいただきそうなので精力的に自重していきたい所存です。こんばんわ。

ネタとしては、ジム・キャリーのトゥルーマンショーみたいに、「自分はテレビの中のキャラクターなのだ」ということを知らないワンコ、ボルトが、ふとしたところから「必殺技も何もない、テレビの外へ」出て行くという。そこが大筋です。

ボルトは裸の王様なのですね。そして「お前、裸じゃん!」って言われた後からのお話が、この物語のキモとなるわけです。

とか何とか言ってもへーそうなのーレベルでしかご理解いただけないと思うので、あんまり深く話す気もしないっていうか、面倒っていうか、そういうアレなわけですが、紹介するからには「面白かった!」と言えるものだからであるわけなので、興味があったら見てみたらいいんじゃないかと精力的に思っていきたい所存です。こんちくわ。

物語としてあらがなく、ソツがなく、ときにハラハラさせ、最後にちゃあんとホロリとさせる。テンプレのようなお話といいますか、読める展開だとは思うのですが、それをきちんとこなすことの大切さを思い知らされますね。奇抜な展開なんていらないの。ボルトが悩んで最終的にハッピーエンドならそれでいいの。あとは、そこを丁寧に描くことが大事なのね。とこういうところ。

でもラストのスーパーボイスは、わかっちゃいたけどココロ震えたけどね!

という感じで、ボルト、思いっきりDVDですので、お時間のある方はぜひ。当然のことながら、画像の8/1ロードショーとかいうのは嘘です。どっかの画像を拝借したまんまなので表記されているのです。本当はそこもちゃんと消せって話でしょうけど。ごめんなさい。こぴーらいとディズニーです。

それではまた。

犬と猫と人間と

映画「犬と猫と人間と」

そんなに、見に来ていただいている人は、多くはないけれど。それでもぼくには、ここへ足を運んでくれる人がいて、ぼくの言葉を、受け止めてくれる人がいて、そういった人たちに、ぼくは、何かしらの発信をすることができるから、だから、紹介します。

[ 映画「犬と猫と人間と ]

問題が多すぎて、わからなくなる。みんなの言っていることが正しくて、わからなくなる。
本当に正しいのは、なんだ。
だれだ。

2006年度。殺処分された犬や猫の頭数は、35万。保健所に引き取られ、そこでは譲渡もされてはいるけれど、その割合はたったの数パーセント。だからそう、90パーセント以上の動物は、人に、殺されるのだ。

そんな保健所や、動物愛護団体を追ったドキュメンタリー。個人制作だからこそ撮れたのだろうと思える、胸に迫る映像にこころがえぐられる。明日死ぬ命を、いや、数十分後には死ぬ命を、カメラは撮り続ける。動物を殺す機械をはじめてみた。鎮静器と名のついたそれに、どうしようもない怒りを感じた。

この映画は、とても重い。でも、とても誠実だ。

それはおそらく、この映画を撮った監督が、とても誠実な人であったからだろう。現実をきちんととらえ、まわりを撮り、過去を撮るからこそ、未来がぼんやりと見えてくる。監督の苦悩と冷静さと情熱と、憤りと叫びを映した映像のかずかずは、ただ真摯に、ただ温かく、ぼくたちに「本当」を教えてくれる。

目をそむけたい瞬間が、あった。
涙で見えなくなった瞬間も、あった。
でもぼくは、見て、良かった。

いくつか思うところはあるんだけど、そのなかの一つを、まあ、ちょっとピックアップすると。

ぼくはこれを見て、苦しくて、泣けて、どうしようもない気持ちになったけど、でもそうは言っても、実際のところ問題は大きいから、実はなにも出来ないかもしれない。現実を知ったところで、何が変わるわけでもないかもしれない。結局のところは無力、なのかもしれない。

でも、きっと、そうじゃない。

ぼくは、映画を見たのだ。このことを知ったのだ。そして、胸がえぐられたのだ。

忘れるかもしれない。映画を見て感じたこの思いも、記憶も、どうにもならない感情それ自体までも、いつか、人は忘れてしまえる生き物だから、そういう生き物だから、いつか、忘れてしまうかもしれない。

でもぼくは、叫べるはずなのだ。この映画でついた傷があるから、その痛みがあるかこそら、ぼくは、何かがあったとき、表現の場が、瞬間が訪れたとき。

少なくとも今は、それを信じて、その何かが起きるときを、待っていよう。何もしないのではなく、何ができるかを苦悩するのでもない。このことを表現する場や、機会は、いつかきっと来る。それはたとえば、こういったブログに書くとかそういったことかもしれないし、誰かとの会話かもしれない。

一人の感性に変化が起きれば、波紋は起き、また何人もの感性に変化を及ぼしていく。

それを信じ、まずはその表現の第一歩として、この映画のことを書きました。

どうか、あなたに、目をそむけたくなるけれど、でも、知ってほしい話を。
現在、渋谷で公開中です。


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