デューク | 引き算の極み
引き算の考え方、というものがあります。
デザインの話で言えば、
まず作ります。
そして、それを推敲していきます。
ああだこうだとうなり、ああでもない、こうでもない、としていきます。
その過程で、要らないものを、どんどんそぎ落としていくのです。
そうすると、必然的に、とてもシンプルなもののみが残ります。
無印良品であるとか。±0であるとか。60visionのD&DEPARTMENTであるとか。
まあ、いろんなデザインは、シンプルであり、余計なものがついていない状態になります。
これは、簡単に見えて、実はすごく難しいことだったりします。
ものを作るときに、ガタゴトとモノを付け加えていく「足し算」はよくします。
というか、基本です。
そうして作ったモノが、まーだ何か足りないなー、ピンとこないなー、とか言って、
ああだこうだ付け加えていくことも、たくさんします。
でも、そこで、一歩引いてみる視線、逆にこれは要らないんじゃないの、っていう感覚。
それを持つのは、並大抵のことではないのです。
思うに。
同じことが、物語においても言えるのではないか、と。
ふと思ったのです。
エピソードを追加していく。
描写を増やしていく。
キャラクターを増やしていく。
足し算です。
でも同様に、引き算もあるはずです。
エピソードを削る。
描写を削る。
キャラクターを削る。
シェイプアップされた文章は、元がどれだけの大長編であったとしても、
おそらくは20枚、せいぜい50枚程度のなかに、すべてが収まってしまうのではないでしょうか。
先日、江國香織さんの短編集「つめたいよるに」を立ち読みしました。
僕はこれをすでに持っていて、4、5回は読んでいると思うのですが、また読みました。
読みたかったのは、一番最初の物語、「デューク」。
僕はこの短編、いや、掌編を、世界最高の物語のひとつ、として捉えています。
たぶん20枚ぐらいなように思うのですが、この中に、幸せなことがたくさん詰まっているのです。
もし宜しければ、お時間のあるときに、ぶらりと本屋に立ち寄って、立ち読みしてみてください。
ほんの5分。
ほんの5分で、なぜ僕が「世界最高の物語のひとつ」などと言っているかが、理解できると思います。
もちろん、趣向に寄りますけどね。
僕の感性でいえば、本当に、「デューク」を超える物語っていうものが、世界にいくつあるのか分からないです。
それぐらい、好き。
で、話ちょっとズレましたけど、そういうことですよね。
あの枚数の中に、落とし込めるはずなんです。小説も。
ちょっと、考えてみたいよなぁ。
などと思いながら鼻歌を口ずさむ、心地よい天気の今日でありました。
考えない、書く
ここ数週間ぐらい、ちょこちょこ文章も書いています。
それが何かは、まだお知らせできませんけど、まあ、サイトにはいずれ絶対のせるものです。
で、それを書くにあたって、僕がいま考えていること。
考えない。
まず書く。
何も考えない。
まず書く。
これ。
えっ、それってなに、どうなの、あかんちゃうん?
考えもせずに書いたっていいの出来んのとちゃうん?
まあ、それはそうなんですけど。
最近さ、自分の書き方でなにに一番時間が使われているかって考えたら、
推敲とかチェックとか、そのへんに割り当てられてる時間がすさまじいんですよね。
あるパラグラフを書いたとする。
それで、その部分のチェックを、小説書くときは必ずしている。
同じ箇所、同じ文章、同じパラグラフを、下手すると一週間毎日いじったりしてるんです。
助詞おかしくないかな。ここの表現は別のがいいかな。こここうしたらもうちょっといいな。
とか何とか、ずーっとやってるんです。
悪いとは言わないけど、効率が悪いんじゃないかって、最近思ってて。
なので、実験的に、とりあえずある程度のまとまった文章を書くことにしてます。現在は。
んで、全体のバランスを見ながら調整をかけていく、というやり方にシフトしてます。
チェックはせいぜい1,2回をざっくり見て、明らかに気になる部分だけ修正して、
あとはどんどん物語を進める、という書き方を試してます。
書きたい物語たくさんあるんですよ。
他にやりたいことだってあるわけだし。
その分、細かい文章のクオリティは落ちるのかもしれませんが、
たぶん、全体としてのクオリティと、あとそれをつむぎ出す速度は向上すると思うんですよね。
さーて。ここの文章書いたら、Flashいじるぞー。がんばれおれー。がんばるおれー。
もこ草稿1-2 の解説
もこを書いていて思うけれど、もこみたいなものこそ、神経をごっそり使ったりする。
昨日のもこのエントリを見ると、あれ、何気なーく書いているふうに見えるし、
僕も肩肘はらずに読めるスタンスの文章構成、感じ、描写、リズムを心がけたんだけれど、
だけどだからこそ、書いているときの神経の使いっぷりは、BTDの比ではなかったりする。
というわけで、昨日の草稿をちょこちょこ解説していったりとかしましょうか。
めったにやんないですよ、こんなの。
えー。
とりあえずシャープペンとピンクの蛍光ペンは、僕的に明らかな暗喩です。
本当はシャープペンではなく真っ黒のボールペンとかにしたかったのだけれど、
それはあざといっていうか、やりすぎっていうか、暗喩感がもろバレなのでシャープペンにしました。
でもそれだと伝わらないだろうな、と思ったので、途中でわざわざ芯を折りました。
書いているときは「やりすぎたかなー」って思ったんですが、こうして読んでみると違和感はないですね。
むしろ「ペンが何かの暗喩感」が出てて、分かりやすくなった印象。
当然のことながら、指の先でペンを回転させる、というのも暗喩です。
あと表現したかったのは二人の関係性ですね。
このパラグラフで表現したかったのはその一点だけで、
逆にそれはまあ満足できるレベルで表現できてるのではないかな、と思います。
あと、ついでに、まだ主人公が何者かがまったく表現されていない段階なので、
ここで学生であること(講師という言葉から、さらに大学生、あるいは塾の生徒であること)を伝えてます。
おそらく、次のパラグラフで主人公がどういう人なのかの説明に入るでしょうか。
流れ的には、ふつうはたぶん主人公が何者なのかを明確にすることから始まるとは思いますが、
それはなんていうか、考えなしにストレートの球を投げているようなものなので、
やるのであればきちんと意志を持ち、それで表現されることを意識しながらやるべきで、
今回はそうでないので、段階を踏んで主人公のもろもろを明かす、という書き方にしています。
という、感じ。
前回のエントリを参照しつつ、ぼんやりとごらんください。
そんなに難しいことはやってないし、実際、時間的にも一時間ぐらいしかかけてないけど、
逆を言えば、一時間足らずでこのクオリティの文章が書ける程度に、僕の実力があるわけです。
自慢でも謙遜でもなく、客観的な事実として、このクオリティなら一時間ありゃ書けるぐらいです、僕は。
すごいのかすごくないのかよく分からないけど、そんな感じです。
何か、「Webデザイナー中村まさと」のことはちょこちょこお伝えしてきたけれど、
「アマチュア小説家中村まさと」のことはあまりお伝えしてこなかったな、ということで、
衣をまとわないありのままをお伝えしてみました。
これがBTDとかだとガラッと変わってくるから、難しいんですよねー。
あっちは娯楽度を高めに設定しているから、暗喩もてんで意識せずに書いているし。
意識するともっとクオリティ上がるかなぁ。がんばろう。
もこの書き方だと、ものすごくすんなりいろいろなことが浮かぶんだけどなぁ。
では取り急ぎ。



