「さくら / 西 加奈子」

それなりに物語を読んできているぼくですが、本当に好きな物語というのは、実は、両手で数えるほどもありません。その中のひとつが、これ、「さくら」、西 加奈子さんという方の本です。
4年ぐらい前に、一度読んでいました。そのときもたいそう気に入って、読み終わったときの興奮そのままに、ブログに書きつづった記憶があります。
ということで、探してみました。そのときの記事はこちら。
ぼくは同じ本を何度も読む習慣はそこそこにありますが、この本は、あまり回数を重ねて読んだことがありません。というか、ここ数日で読み直したのですが、実はそれがはじめてです。それまでこの本は、本棚のなかでひっそりと佇んでいました。
とても、幸せな気持ちになれる本です。そして、とても悲しい気持ちにもなれる本です。でも最後、とても大きな、とてもかけがえのない、とても大切な涙を流せる本でもあります。
ぼくの手元にあるのは単行本です。いつだったか、どこかで文庫版を見たこともあるので、書店で西さんのコーナーにいけば、500円程度で手に入るのではないでしょうか。探してもいませんが、Amazonにもあると思います。
この本が、ぼくは大好きです。でも、なぜ、好きな物語と言えるほどに大切なお話であるはずのに、何度も読もうとしなかったのでしょうか。
答えは、実は簡単で。
この物語のなかで描かれている「幸せ」を、なるべく胸いっぱいに感じたかったから。
読めば読むほど、物語はぼくのなかに吸収され、落ち着いていき、よくもわるくも、消化されてしまいます。それが嫌で、ぼくはこの本を、何度も読み返そうとは思いませんでした。
このおやすみでぽっかりと時間が空いたのもあり、またいろいろな意味でこころが穏やかであったのもあり、今回、数年ぶりに読み返してみました。
いま、胸が、「幸せ」で満たされていくのを感じています。
なお、ここまで書いておいてなんですが、世間の評価ではいろいろ言われていますので、オススメとまでは言いません。ですが、ぼくが狙いたいゾーンの、かなり近いところにボールを放っていると思うので、ぼくの何かが好きな方には、オススメです。
お時間がありましたら、ぜひ。
夜明け更新で放心
夜明けの味が更新されています。
どちらさまも寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
今回、更新されたシーンは、ぼくも個人的に好きなシーンのひとつです。
あとから、じわーっと効いてきます。
取り急ぎ、そんなかんじで。
あー。しかし、ようやく多忙がひと段落って感じです。
あっちこっちいろいろ起こってて屁がでそうです。
あ、あとであの件について書かなきゃ。
興味ないからスルーしてたんですけど、なんか、こころ優しい方が多くて、
放っておくと何やらメールが続きそうな気がしましたので。
あとで書きます。明日かな?
それでは。
新連載「夜明けの味」開始
本日より、はじまり、はじまり。
毎週月曜日、まあ、9時過ぎぐらいに更新する予定です。
どなたさまも、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
著者は大江ラベルさま。
この場を借りて、あらためてお礼をさせていただきます。
Readにお力を貸していただき、誠にありがとうございます。
というわけで、みんな見てちょ、読んでちょ。
んで面白かったら、大江ラベルさまのサイトにもいってちょ。
どんな人かっていうのは、その大江ラベルさまのサイトと、あとここでよろしく。
では、今日はそんなところで。
いい意味で、大江ラベルさまらしくない文章に酔いしれましょう。
新連載「夜明けの味」

11月2日(月)から、新連載。
[ 夜明けの味 ]
==でかい金魚がいないことぐらい、本当は分かっている。
==それでも探しているのは、願掛けに似ているのかもしれない。
==奇妙で不器用な、三人の織り成す物語。
執筆者は、秘密です。
とりあえず、僕ではありません。
ページのデザインは、ぜんぶ僕ですけど。
ご期待ください。
Read or Readが、動き始めます。
[[ 作家を募集中です ]]
デューク | 引き算の極み
引き算の考え方、というものがあります。
デザインの話で言えば、
まず作ります。
そして、それを推敲していきます。
ああだこうだとうなり、ああでもない、こうでもない、としていきます。
その過程で、要らないものを、どんどんそぎ落としていくのです。
そうすると、必然的に、とてもシンプルなもののみが残ります。
無印良品であるとか。±0であるとか。60visionのD&DEPARTMENTであるとか。
まあ、いろんなデザインは、シンプルであり、余計なものがついていない状態になります。
これは、簡単に見えて、実はすごく難しいことだったりします。
ものを作るときに、ガタゴトとモノを付け加えていく「足し算」はよくします。
というか、基本です。
そうして作ったモノが、まーだ何か足りないなー、ピンとこないなー、とか言って、
ああだこうだ付け加えていくことも、たくさんします。
でも、そこで、一歩引いてみる視線、逆にこれは要らないんじゃないの、っていう感覚。
それを持つのは、並大抵のことではないのです。
思うに。
同じことが、物語においても言えるのではないか、と。
ふと思ったのです。
エピソードを追加していく。
描写を増やしていく。
キャラクターを増やしていく。
足し算です。
でも同様に、引き算もあるはずです。
エピソードを削る。
描写を削る。
キャラクターを削る。
シェイプアップされた文章は、元がどれだけの大長編であったとしても、
おそらくは20枚、せいぜい50枚程度のなかに、すべてが収まってしまうのではないでしょうか。
先日、江國香織さんの短編集「つめたいよるに」を立ち読みしました。
僕はこれをすでに持っていて、4、5回は読んでいると思うのですが、また読みました。
読みたかったのは、一番最初の物語、「デューク」。
僕はこの短編、いや、掌編を、世界最高の物語のひとつ、として捉えています。
たぶん20枚ぐらいなように思うのですが、この中に、幸せなことがたくさん詰まっているのです。
もし宜しければ、お時間のあるときに、ぶらりと本屋に立ち寄って、立ち読みしてみてください。
ほんの5分。
ほんの5分で、なぜ僕が「世界最高の物語のひとつ」などと言っているかが、理解できると思います。
もちろん、趣向に寄りますけどね。
僕の感性でいえば、本当に、「デューク」を超える物語っていうものが、世界にいくつあるのか分からないです。
それぐらい、好き。
で、話ちょっとズレましたけど、そういうことですよね。
あの枚数の中に、落とし込めるはずなんです。小説も。
ちょっと、考えてみたいよなぁ。
などと思いながら鼻歌を口ずさむ、心地よい天気の今日でありました。



