イメージの連鎖 / 千と千尋、ラピュタなど
物語は、連鎖であり、螺旋である。
ある事象が起こったら、それは様々な影響をまわりに及ぼしながら、終わりまで落ちていく。
まるでジェットコースターのように、まるでウォータースライダーのように。
物語は、終わるそのときまで落ちていく。
連鎖とは、ただ「出来事」が一つの珠としてあって、それがつながっていく。
エピソードといえば分かりやすいかな、たくさんのエピソードがつながって、物語になっている的な。
と、そういうことでもあるのだけど、同時に、そこから幾通りにも連想されるということを意味している。
イメージの連鎖、というのかなぁ。
とっても分かりやすい話をすればさ。
「雨」という事象は、こと物語に置いていえば、「天気」の情報ではないわけですよね。
それはキャラクターの「涙」であり、「悲しさの象徴」であり、「暗い先行き」であり、「湿っぽい空気」なんだ。
これは、単に「雨」というものから、僕がすっと連想するものたちで、まあ、みなさんもそう感じるとは思う。
ということは、物語を見ていて、映画でも小説でもアニメでも何でもいいけど、
「雨」が降ってきたら、もうそれは完全にそういうイメージの連鎖を意図しているし、
知らず知らずのうちに、見ている側も、それを連想しているもんなんです。
「千と千尋の神隠し」は、すごい名作でした。
そしてアレは、そういうイメージの連鎖の宝庫でもありました。
あの映画は、千尋とハクの話です。
ハクとは何者か。
河の神さまです。
河、つまり「水」ですね。
千尋は、その河で「溺れた」ことが大きな、思い出せないけど、大きなしこりになっています。
思い出してほしい。
そもそもあの宿屋が、大きな河のそばにあった。
川辺のそばで、千尋は、自分の存在が希薄になることに気づいた。
宿屋は「温泉」だった。「温泉」はあたたかい「水」です。
そして、千尋はそれどころか、その温泉で神さまを洗っているうちに、一回「溺れます。」
伏線の宝庫、じゃないですか?
こういう見方をしていると、本当に、ジブリ作品のクオリティの高さに驚いてしまいます。
ラピュタとかもうまいんだよなぁ。
アレ、意図的に「高さ」を出してるんだよねぇ。
シータが空から降ってくる「高さ」、地下で作業するパズーの「深さ」、街は坂になってるし、
基本的に平らなところがない。常に、なんらかの「高さ」が演出されてる。
こういうこと考えながら見ると、ちょっと面白いです。
いわゆる深読みのしすぎってやつなんですけど、してみると面白いですよ。
で、そういうイメージの連鎖ってやつをさ、ちゃんと考えないとな、とか。
思ったって話をするつもりが、ジブリ讃歌をしてしまいましたね。
いや、ホント、僕、ジブリ大好きなんですよ。
では今日はこのへんでー。
0.2%だけあがり続けること
明日、いきなりすごくはなれません。
人は、階段であり、数珠であり、連鎖であるから、
一段抜かして上には上がれないし、一個飛ばして次の球にも、いくことは出来ません。
すごくなるためには、すごくなるだけの階段をのぼる必要があるのです。
それも一段一段、じっくりと慎重に、ときに大胆に。
だから、とうとつに明日、いきなりすごくはなれないのですね。
今日、0.2%だけ変わるということ。
本当に、何の影響もない、何も変わらないに等しい、0.2%の変化。
でも、それは確かに次へつなぐ、新しい高さへ向かう階段なのだということ。
例えば、ダイエットをしなくちゃならない、とあなたは思う。
でも、そう簡単には痩せられない。
今までなんども考えてはきたし、なんとなく食べる量を減らしてもみた。
でも、変われない、変わらない……重くのしかかる、自分ってダメだなぁ、の自責。
そんなとき。
ダイエットをしよう、と思うこと。
これで0.2%と考えるのも、悪くないね。思わないことには、始まらないから。
ダイエットのために、ごはんを少なくしよう。
小さな変化だ。まだそれは、きちんとした結果にはつながらない。でも、大事だ。
歩くことを意識してみようかな。例えば一個前の駅で降りて、歩いて帰ってみたりとか。
まだまだ小さな変化。そんなことでダイエットにはまだ及ばない。
ダイエットの本を買って読んでみようかな。
ひとりの発想では、やはり限界がある。本はそういうとき、単純な参考だけでなく、インスピレーションになる。
あ、これ実践できる!やってみようかな!
そうなんだ。やってみるのが大事。何事も、何事も。
ダイエットできるかどうかは分からないけれど、やったことは、確実にその人へ残る。
できなかったことは、できなかったのだから、次回からはずせばいい。
正解はひとつじゃない。最適解は、その人のかずだけ存在する。
そして、そこへ踏み出すための小さな一歩。
一歩にもならない0.2%。
意識してみようと思う。
明日いきなりすごくはなれないけれど、例えば2ヶ月たてば、10%ちがう。
一年やれば、ずいぶんちがう。
あなたも、意識してみませんか?
人に、頼りたい
お疲れさまです。
READ or READにて、BTDが更新されています。
いい加減、本家を更新したいですし、実際、書いてもいますので、
そう遠くない将来に、続きをお見せできるとは思うのですが、
いかんせん、ここ数日ぐちゃぐちゃ考えたせいで滞っております。
もうしばらくお待ちください。
なんかさ。
うまい具合に、誘導されたような気持ちです。
って、誰一人に伝わらないかもしれませんが、なんか。そんな気持ち。手のひらで踊った感がある。
いまの僕に、なにが足りてないのか。
もっと上を向くためには、なにをすべきなのか。
僕は僕の価値を、どう見るべきで、どうするべきで、どう考えるべきなのか。
を、なんか、長いスパンで見せられたような気持ちです。
伝わらないですよね、ごめんなさい。
とりあえず、がんばります。
僕は、もうちょっと、自信をもって、人に頼って、生きていきたいです。
それを痛感する、ここ数日でした。
原研哉デザイン展「本」
武蔵野市立吉祥寺美術館にて。
原研哉デザイン展 「本」 友人、原田宗典がモノ書きだったおかげで。
行ってきました。これまた最終日に滑りこみ。ずざー。
デザイン関係者はみんな知ってるスゴイ人、原研哉さんの「本」に関連する展示です。
原田宗典さんのブックデザインを手がけていて、その紹介も多いです。
それ以外には、RE DESIGNの話であったり、HAPTIC 五感の覚醒の話もあり、
果ては「日本の歴史」のデザインまでやっているんですね、その話もありました。
なんか、すごいですわ、やっぱり。
行って良かった。
前述の「日本の歴史」とか、集英社の新書のデザインとか、してるんですけど、
デザインしていることを感じさせないわりに、きちんと見てもきちんと満足できる、すごい。
それでいて、エディトリアルしているところで話されていることはとても理解できるし。
ブックデザインというのは、その本を出した人が、当たり前だけれど、主役なわけです。
そのデザインというのは、主役を引き立たせるための脇役なわけですね。
いかに本の作者の言いたいこと、伝えたいことを込めるか。
とても、参考になりました。
独りよがりなかっこいいデザインなんて、求められなければ要らないんですよねぇ。
そぎ落とされたマイナスのデザインが、ときになによりもかっこよく見える。
そんな原研哉さんの本、展、でした。
早く仕事すればいいんだ
思うんだけど、モチベーションというか、やる気っていうか、
そういうのって、ものすごく出来上がりのクオリティと、それが出来上がるまでの速度に関係しますね。
いや、単に、締め切りが近い仕事があって、
ふつうにやってるとこのままだと間に合わない感じで、
朝からすごいモチベーション高く仕事してたんですけど、
そこで作ったものが結構いい感じで仕上がりまして。
なんだろうな、かけた時間的コストよりも、いいものが出来たような。そんな気がする。
逆に、締め切りがすっごく遠かったり、あるいは暇だったりとかして、
ダラダラ仕事してると、それは出来上がるまでの速度、出来上がったもののクオリティ、
両方に影響してとっても残念な感じになります。
なんか時間かけたわりにいいもん出来てないよなー?みたいな。
ここはちゃんとフィックスさせないといけないな、と思う。
かけた時間に見合ったものを作らなければいけない。
逆に言えば、出来上がりにどういうものを求められてるかで、かける時間を考える必要もある。
また、そのかける時間をどんどん短くしていけば、必然的に手間があくので、他のことが出来る。
そういった、ライフハックではないけれど、肝に銘じておかなくちゃならないことがあるので
なんていうか、メモ的な。
要は、早く仕事すれば早く帰れるんですよ。
あ、これ真理。
そのためには、いかにモチベーションを高く維持していくかが課題だなぁ。
特に、僕の場合。
毎時が締め切りだぜぐらいな気持ちでいないといけないけど、そんなの無理だし。
考える必要あり。




