はじまりのはじまり | ラギと黄昏の竜
見渡す限りの荒野であった。
紅茶色の大地。乾いた風。
視界の届く範囲に草木は一本も見当たらない。湿気の含まない切実な突風が吹けば、それは見て取れる勢いにも増して轟音を発生させた。
そこに大きな岩がある。巨大にしてたくましいその岩陰から、ちっちゃな頭がひょこんと飛び出した。ごつごつした岩には足場となる突起がたくさんあり、ちっちゃな頭の持ち主はそれの一つをぐっと掴まえて、ゴーグルを装着した虫みたいな目を小動物のように躍らせた。
辺りを見回し、ゴーグルをしたちっちゃな人は、にじり寄るように岩を這い上がった。旅を重ねたと思しきその服は、ちょっとやそっとの暴風では舞い上がることもなくその人をそこに固定する。
その人は、背中にしょっていた長い筒のような銃を取り出した。銃床を脇でがっちり固めながら微調整をし、おもむろにゴーグルを持ち上げる。
綺麗な目、とても澄んだ眼をしていた。まつ毛も長い。
その人は、女性、いや、そう呼べない若さの少女だった。
彼女は、照準すらない銃で静かに狙いを定めながら、慣れた手つきで銃弾を流し込んだ。撃鉄を上げ、いつでも撃てる状態にする。
深呼吸を一度だけ、した。
その手がつかむもの
走っている、きみを見ていた。
笑っている、きみを見ていた。
ぼくはきみに会いたくて、手を伸ばした。
でもその手がつかむのは、空だけで。
…………
きみよ どこへ 消えた?
…………
たくさんの思い出があった。
いくつもの道を、一緒に歩いた。
ぼくはきみが好きだった。
この空の下、きみがどこかで、元気で暮らしている。
そのことを思うだけで、ぼくは前に進むことができた。
…………
きみよ どこへ 消えた?
…………
ぼくはいくつもの道を走り、いくつもの屋根を越え、きみをさがした。
あらゆる川を越え、あらゆる峠をくだり、きみをさがした。
走っているきみがみたかった。
笑っているきみがみたかった。
でもきみは
…………
でもきみは
…………
でもきみは
…………
ぼくは 空を見上げた。
意味はなかった。
でも、きみを見つけた。
きみは、空にいた。
あそこでもなく、ここでもなく、そっちでもなく。
きみは、空にいた。
…………
ぼくはきみに会いたくて、手を伸ばした。
その手がつかむのは、空だった。
再構成=新作?
「ラギと黄昏の竜」を再構成していて思ったんだけど、
これって、新規に物語書いてるのと労力変わらないんじゃね?という。
スタートダッシュが出来ている、とか
設定はだいたい決まってる、とか
キャラクターの性格付けはもう完全に分かってる、とか
プラス要素はその程度な気がしてきました。
まあ、早い話が、「あ、これ新作書いてるのと変わんない」という、ね。
以前は450枚前後の長編で終わってたんですが、
今回、連載するにあたり、設定をいろいろ変更してみたんです。
物語の起承転結のうち、ラギは、転の部分を起こさなければ、
永久に続けられるお話なので、その転を先延ばしにするような設定にし、
エピソードをいくつか追加していくつもりだったんですね。
んで、いまエピソードの一つを書いているんですが、
その作業がどう考えても新作一本レベルの仕事量になっちゃってる、という。
まあ、がんばります。もうじき8月も終わる。やらなきゃいけないこと盛りだくさん。
あー。時間が足りなーい。
センスがない
僕は、たまに、「センスないんじゃないの」と言われる。
それはもう、はっきりと、言われる。
仕事なので、むしろそういうことは言ったほうがいいと自分でも思うので、言葉自体にはなんとも思わない。
でも、やはりそのときは、ショックだ。
「センスないよ」
これは、Webデザイナーをやっていて、最低の評価であることは間違いない。
作り上げたモノに対しての、かなり広範囲の否定であることは間違いない。
ここで考えなくてはならないのは、その言葉は、センスのことを言っているけれど、
臆面どおりに捉えてはいけないということだ。
センスない=本当にセンスそのものがない ということではないのだ。
僕がその言葉を受けるとき、たいがいが、方向性を見誤っている。
すごくカンタンに言えば、高級感が必要なところで、チープさを出してしまったりとか。
デザイナーとして意図はあるんだけれど、その意図が間違っていたりする。
これはもう、どうしようもない。根っこの間違いだ。
すべてをひっくるめてしまえば、「=本当にセンスそのものがない」でもいいけれど、
それをもっと具体的に言うと、「方向性を誤ってるよ」ということだった。
さて。
僕はその言葉を受けて、作り直す。
考え直し、作り直し、また考え直し、作り直す。
そうすると、「お、良くなったね」と言ってもらえる。
その言葉は、自分で「良くなった」ことを自覚していても、すごく嬉しい。
僕は、デザイナーとしての経験がまだ圧倒的に足りていないから、
よく怒られるし、センスないという刺激的な評価もしょっちゅういただく。
方向性を間違うというのは、デザイナーに限らず、あらゆる点において、ダメなことだ。
でも僕は、それをやってしまう。
少しずつその感覚を磨いているとは思うのだけど、まだまだなので、
もっと、もっともっともっと、がんばらないといけない。
そして、がんばりたい。
向いている、向いていない、の評価は、まだ僕にくだせない。
その域にまで、僕は達していない気がする。
どうか、がんばらせてください。
がんばります。
おとな未満、こども以上
「リリィ、はちみつ色の秘密」が観たい。
すごい観たい。とにかく観たい。
だって、ダコタ・ファニングがいつのまにか「ちょっと大人」になっちゃってるんですよ?
ダコタといえば、一番印象に残ってるのは「宇宙戦争」のトム・クルーズの娘さん。
あとは「アイアムサム」の子か。どっちかっていうとこっちのが有名かしら。
で、あー、この子の映画かー、と思ってぼんやりしてたんですけど、
イメージ検索かけてみたら、うわ、めっちゃ、このこ、美人に、なっとるやん!
というあわあわわxっせあwぇあみたいな状態になりまして。
その14歳という、少女でもなければ、女性でもない、たいへんに貴重な年ごろをですね、
上記の映画が切り取ったようなので、保存したようなので、観たいぞと。
思いました。
えー!ダコタいつのまにレディになったんだよー!かああわいいいー!



