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Masato Nakamura weblog

実感しなくちゃ、と思う実感

Posted on | 5月 31, 2009 | No Comments

実感というものは、つくづく大事だな、と思う今日この頃。

知識で知っている、そんなこと言われなくても分かってる、
本で読んだし、話にも聞いてるし、さんざんそれについて考えてもきたから、大丈夫。
分かってる。
はずだったんだけど。

身にしみるほどに実感すると、その「本当さ」に寒気すら覚えてしまう。
分かっていた、そのはずだった。
でも分かっていなかった。こころの芯でとらえてはいなかった。きちんと消化してはいなかった。

例えて言うならば、タバコを吸って肺にいれてない感じなのかなぁ。
タバコって、肺にいれてナンボじゃない。肺にいれてないのは、フカしてるだけ。
タバコってものを本当に分かってない、想像でしか理解していない。
そういうことなのかなぁ。
それでタバコを分かった気でいるのはナンセンスだよなぁ。うーん。

ちょっと話ズレるけど、僕はタバコの描写の仕方が気になっています。
自分でつかう時はまったく意識しないのだけれど、人のを読む時はどうしてか気にしてしまう。
というか、気になっちゃうのかもしれません。なんか、ついつい目がいく。
何かさ。
タバコを日常的に吸っていない人のタバコの描写って、なんか、すごい、違和感があるんですよね。
タバコが単なる「アンニュイさ」の象徴にしかなっていない感じ、とでも言うのかな。
使いこなせてない感じが、プロ作家でも思う。
あ、この人きっとあんまタバコ吸う人じゃないのかな、とかふと思う。
お酒の使い方も、思えばそうか。
お酒飲まない人がバーでスコッチ飲んでる男の描写とか、無理があるのかも。

ああ、そうか。
それって、つまり、でも同じことなんだ。

ズレた話をしている自覚はあったのだけど、思えばあんまりズレてもいなかった。
僕は、「実感」の話をぼんやりと考えていた。
分かった気でいたことが、それをきちんと経験することで、言葉にならないほど理解されることがある。
タバコの描写も、きっときちんと理解がなされていない場合、ちょっと違和感が出ちゃうのかもしれない。

僕は、いまはタバコを辞めてしまっていて、まったく吸わなくなってからまもなく1年がたつけれど、
それまではだいたい二日で一箱ぐらいのペースでタバコを吸っていた。
だから、タバコを吸う人の気持ちが分かるし、どういうふうに扱うかも分かってる。
まあ、そういうわけなので、言語化できないレベルで、タバコの違和感に気がついてしまうのかもしれない。

なんてことを、ぼんやりと考える、日曜の夜。空気はひんやりとして心地いい。
僕はこんなことを考えながら、眠気がくるのを待っている。

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